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約ネバネタバレ解説!ゴールディポンド編・7つの壁編

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「約束のネバーランド」、脱獄編まではめちゃくちゃ面白い。
でも、その後ってどうなの?――そんな声を、私はよく耳にします。

先に言ってしまうと、約ネバが本当に化けるのは、むしろ“ここから”なんですよね。

この記事では、物語の中盤から後半にあたる「ゴールディ・ポンド編」と「七つの壁編」を、忙しいあなたでもサクッと追えるようにまとめました。
この2編を読み解くと、約ネバが「ただの脱獄漫画」では終わらなかった理由が、ハッキリ見えてきます。

なおネタバレは含みますが、これから一気読みする人の“答え合わせ”としても使える内容です。
それでは、エマが「逃げる」でも「戦う」でもない道へたどり着くまでを、じっくり追っていきましょう。

目次

『約束のネバーランド』ゴールディ・ポンド編・七つの壁編とは?2つの編をまとめて解説

さて、ここからは物語が大きく動く中盤から後半を、まとめて押さえていきましょう。
脱獄編とミネルヴァ探訪編については前回までの記事で触れてきました。
今回扱うのは、その続きにあたる2つの編です。

ひとつは、物語の中盤にあたるゴールディ・ポンド編(原作65話~95話)。
もうひとつは、後半にあたる七つの壁編(原作96話~145話)です。

ぶっちゃけ、この2編は「約ネバが単なる脱獄漫画ではない」とハッキリわかる部分なんですよね。
脱獄編の手に汗握る攻防に惹かれた方ほど、ここで作品の奥行きに驚かされるはずです。

なお、この記事はネタバレを含みます。
核心に触れていくので、その点だけ承知のうえで読み進めてください。

ゴールディ・ポンド編は「中盤」、七つの壁編は「後半」の物語

まず、2つの編がそれぞれ物語のどのあたりに位置するのかを整理しておきます。
約ネバは全部で5つの編に分かれていて、ゴールディ・ポンド編は3番目、七つの壁編は4番目にあたります。

話数位置づけ
脱獄編1~37話序盤(別記事で解説)
ミネルヴァ探訪編38~64話序盤の続き(別記事で解説)
ゴールディ・ポンド編65~95話中盤(この記事)
七つの壁編96~145話後半(この記事)
王都決戦編146~181話最終編(結末は別記事で)

こうして並べると、ちょうど物語の真ん中から終盤手前までを、ひとまとめに眺める格好になります。
脱獄編という鮮烈なスタートのあと、世界がどんどん広がっていく、その「ぐっと深まっていく時期」だと思ってください。

この記事で扱う範囲とネタバレについて(※最終章=結末は別記事で)

この記事が踏み込むのは、七つの壁編(145話)までです。
物語の結末である最終編=王都決戦編については、ここでは詳しく扱いません。

というのも、最終編はエマたちが下した「最後の選択」とその結末が描かれる、まさに作品の到達点だからです。
ここを軽々しく明かすのは、これから読むあなたにとってあまりに惜しい。

なので最終編の核心は伏せたまま進めます。
結末まで知りたい方のために、最終編は別記事で解説する予定です。
この記事では「物語がどう深まり、どこへ向かっていくのか」を、たっぷり味わってもらえればと思います。

ゴールディ・ポンド編のあらすじと、レウウィス大公という「強すぎる敵」の意味

ここからが本番です。
脱獄編・ミネルヴァ探訪編を経て、物語は一気にギアを上げてきます。
私はこのゴールディ・ポンド編こそ、約ネバの「面白さの第二波」が来る場所だと思っています。

ミネルヴァが遺した手がかり、座標「A08-63」。
エマたちはそこに希望があると信じて、目的地を目指します。
ところが道中、エマは密猟者に襲われ、たった一人さらわれて連れ去られてしまうんですね。
自分の足でたどり着いたのではなく、文字どおり「拉致」されての到着でした。

目を覚ました先が、ゴールディ・ポンド(GP)。
希望の地かと思いきや、その正体は貴族の鬼が人間を狩って楽しむ「秘密の猟場」だったのです。
いやこれマジで、約ネバが容赦ない作品だと改めて思い知らされる展開でした。

希望を求めて来たA08-63地点は、鬼の「秘密の猟場」だった

「3日に一度、狩りが来る」という地獄のルール

さて、GPがどういう場所なのかを整理しておきましょう。
ここにいる子どもの多くは、バイヨン卿ご用達のグランド=ヴァレー(GV)農園から「出荷」されてきた子たちです。
そして3日に一度、知性のある鬼が食用児を狩りにやって来ます。
希望の地どころか、定期的に命が刈り取られる狩り場だったわけですね。

命がけで仲間を助けるエマと、反撃の「9人」

そんな最悪の場所で、エマはある場面を目撃します。
テオ・ジェイク・モニカの三兄妹が、レウウィス大公に襲われていたのです。
ここで黙って見ていられないのがエマという主人公でして、なんとレウウィス大公めがけて斧を投げ、助けに入ります。
当のレウウィス大公はというと、「久々に楽しめそうな獲物」とエマに目をつけました。
獲物に気に入られてしまう、という何ともゾッとする「出会い」なんですよね。

その後、エマは少女ヴァイオレットに導かれ、風車を拠点とする反撃組織と出会います。
リーダーはオリバー。
サンディ、ジャック、ナイジェル、ソーニャ、ペペ、ジリアン、ポーラといった面々が、GPの真実を知りながら何か月、何年と生き延びてきた「9人」です。
追われるだけだった子どもたちが、ここで初めて「反撃する側」の仲間と出会う。
ぶっちゃけ、ここからの連帯感が私はかなり好きなんです。

13年間も隠れ続けた男・ルーカスと、反撃の組織

そしてこの組織には、もう一人キーになる人物がいます。
ルーカスです。
彼はグローリー=ベル(GB)農園の出身で、エマたちがミネルヴァ探訪編で出会ったオジサン(ユウゴ)の、かつての仲間にあたります。

13年前、ルーカスはユウゴを逃がすため、自ら囮になってレウウィスに襲われました。
右腕を失い、杖をつく身となりながらも、なんとか生き延びたのです。
以来、風車に身を潜めながら、子どもたちに鬼の知識を授けてきました。
失った右腕は、彼が背負ってきた13年の重みそのものなんでしょうね。

風車の奥にあった「本物のゴールディ・ポンド」

ここで物語が大きく動く鍵になるのが、風車に隠された抜け穴です。
鍵がかかっていて、ミネルヴァのペンで開く仕掛けになっています。
その奥には制御室、さらにその先には金の池があり、これこそが本物の「ゴールディ・ポンド」でした。
触れられない池の中を進んでいくと、機能停止したエレベーターと、一台の電話が見つかります。

ん?怪しいぞ、と思って受話器を取ると、ウィリアム・ミネルヴァを名乗る男の声。
告げられた言葉は「七つの壁を探せ」。
ここでエマたちは重要な情報チップを手にし、次の物語への扉が開くんですね。

貴族の鬼たちとの総力戦、そして脱出

そして計画決行です。
エマたち10人が4つの隊に分かれ、レウウィス大公・バイヨン卿・ノウス・ノウマ・ルーチェを相手取ります。
そこへレイとオジサンもGPへ加勢に駆けつけます。
悪戦苦闘の末、貴族の鬼たちを倒し、緊急破壊装置で秘密の猟場そのものを崩壊させ、全員でGPを脱出するのです。
連れ去られて始まった編が、全員での脱出で幕を閉じる。
私はこの「行って帰ってくる」構成の収まりの良さに、思わずうなってしまいました。

レウウィス大公はなぜ「強すぎる」のか?ただの強敵ではないと私が思う理由

さて、この編を語るうえで避けて通れないのが、レウウィス大公という存在です。
彼は1000年以上前から生きる、筋金入りの戦闘狂。
そして狩りに「美学」を持っている、ちょっと特殊な鬼なんですね。

「昔は良かった…生きるか死ぬかの騙し合い、血湧き肉躍るあの感覚」。
レウウィスはこんなふうに、かつての人間狩りの快楽を今もなお追い求めています。
13年前にオジサンやルーカスの仲間を全滅させたのも、この男です。
強い、というだけでも厄介なのに、戦うこと自体が好きで、しかも哲学まで持っている。
これはちょっと、敵として手強すぎますよね。

私の見立て:怖いのは「強さ」より「価値観の異質さ」

ここからは私の見立てです。
レウウィスの怖さは、単純な「強さ」ではないと思うんです。
たとえば、ただ力が強いだけの敵なら、攻略法が見つかれば緊張は解けていきます。
ところがレウウィスは、戦いそのものに快楽と意味を見出している。
追い詰められても、むしろそれを「楽しんでいる」節すらある。
だからこちらの常識が通用せず、何をしてくるか読めないんですね。

私が思うに、約ネバが「頭脳戦の漫画」から「強敵との総力戦」へと色を変えていくうえで、レウウィスはまさにうってつけの異質さを持った敵でした。
倒すべき壁が「ただ強い」のではなく「価値観ごと異質」だからこそ、物語に独特の緊張感が生まれる。
だからこの編は、ハラハラが止まらないわけです。
個人的には、敵の格でその物語の本気度がわかると思っているので、レウウィスの存在は約ネバが一段ギアを上げた証拠だと感じています。

七つの壁編のあらすじと、誰もが「?」となるあの異空間を詳しく解説

さて、ここからは後半の山場、七つの壁編です。
正直に言ってしまうと、約ネバの中でいちばん「?」が浮かびやすいのが、この編なんですよね。
でも安心してください。
順を追って整理すれば、ちゃんと腑に落ちます。
まずは、何が起きるのかをサッと押さえましょう。

ゴールディ・ポンドを脱出したエマたちは、いったんシェルターへ戻ります。
そこで支援者からモールス信号で届いたのが、「敵はピーター・ラートリー」という衝撃の事実でした。
さらにシェルターの古文書には、「クヴィティダラの竜の目で昼と夜を探すべし」という意味深なヒントが残されています。
これを手がかりに、エマたちはいよいよ“七つの壁”探しを始めるんですね。

たどり着いたクヴィティダラで、エマは不思議な体験をします。
かつて約束が結ばれた過去の光景、昼と夜が一つに混ざり合った奇妙な空間、そして謎の小鬼。
ここでエマは「もう一度あの場所に行ければ、約束を結び直せる」と確信します。

ところが、ここで悲劇が起こります。
ピーターの部下アンドリューの襲撃を受け、ルーカスとユウゴ(オジサン)が、シェルターもろともアンドリューを巻き添えに自爆。
頼れる大人2人を、ここで失ってしまうんです。

そして次の目的地で、エマたちはついに「ミネルヴァ」本人と対面します。
その正体は――なんと、出荷されたはずのノーマンでした。
死んだものと思われていた天才が、こんな形で帰ってくる。
長く待たされた読者にとっては、最高のご褒美シーンですよね。

…と、あらすじだけでも盛りだくさん。
ですが、この編の本当の“難所”は「七つの壁とは結局なんなのか」という一点に尽きます。
ここから、じっくり解き明かしていきましょう。

そもそも「七つの壁」とはどんな場所なのか

知恵袋でも「七つの壁とは結局なんだったの?」という質問をよく見かけます。
まずハッキリさせておくと、七つの壁は“物理的な壁”ではありません。
量子力学・物理学・スピリチュアル・SF――いろんな要素が溶け合った、ちょっと特殊な異空間なんです。
ここを取り違えると、最後まで迷子になります。

カギは「心が現実を作る」という世界観

この空間を理解する最大のカギが、「意思の力が現実に作用する」という性質です。
自分が思うこと、あるいは恐れることが、そのまま現実に起こってしまう。
…と言われても、ピンと来ませんよね。
わかりやすく、トマトでたとえてみましょう。

たとえば、目の前に一個のトマトがあるとします。
トマトが大好きな人は「おいしそう、幸せ」と感じ、大嫌いな人は「うわ、酸っぱそう」と顔をしかめる。
同じトマトなのに、なぜ見え方がこうも違うのか。
外にあるトマトが感じ方を決めているのではなく、あなたの心の中にある“これまでの記憶やデータ”が、トマトの見え方を加工しているからです。

七つの壁は、これを極限まで推し進めたような世界。
心が「こうだ」と思えば、そのとおりに現実が形を変えてしまうんですね。
しかも、一度入ったら引き返せません。

異空間の“主”、鬼の頂点「ラスボス様」

そしてこの異空間の奥で待っているのが、鬼の頂点「ラスボス様」です。
作中では人間に読めない特殊な文字で表される、まさに“鬼の神”というべき存在。
1000年前、人間と鬼の世界を分けた「約束」を司ってきたのも、おそらくこのラスボス様だと思われます。
エマは、この“鬼の神”と向き合うために、七つの壁のさらに奥へと進んでいきます。

ラスボス様の謎の言葉「かれがせかいで…」を読み解く

さて、ここがこの編いちばんの“難所”であり、最大の見せ場でもあります。
ラスボス様が残した謎の言葉を、順番にほどいていきましょう。

エマとの対面と、残された謎の言葉

入口から無事たどり着いたエマを、ラスボス様は「やっとあえたね」と迎えます。
ところが、一緒に挑んだレイの姿はありません。
「だいじょうぶ、かぞくのもとへかえったよ」「あのこはここにくることはできなかった」とラスボス様。
そして、こんな謎めいた言葉を残すのです。

「かれがせかいで せかいがかれなのに このせかいにかべなんて ほんとうはどこにもないのに」

正直、初見ではまったく意味がわかりませんよね。
私も最初は「?」でした。
でも、前後のセリフと合わせて読むと、おぼろげに像が見えてきます。

結局、どういう意味なのか

ここでいう「かれ」は、おそらくレイのこと。
もっと広げて言えば、私たちひとりひとりの人間を指しているのだと思います。

夜に見る夢で例えます。
そこに出てくる景色も人も、ぜんぶあなた自身から生まれていますよね?
なので、自分と夢(=世界)を隔てる「壁」なんてない。

人は誰もが、自分自身がひとつの世界。
自分が世界で、世界が自分。
自分と世界を隔てる「壁」なんて、本当はどこにも存在しない、と。

壁を作っていたのは“自分自身”だった

ところがレイは、その壁を越えられませんでした。
「あたまではわかっていた、けれどそのさきにはまだいけなかった」とあるように、彼はまだ“自分で作り出した壁”の中に囚われていた、ということなのでしょう。
ラスボス様も「じぶんを、せかいを、ときはなつのは、おもっているよりむずかしい」と続けています。

つまりこの壁、外側にあるのではなく、自分の心が勝手に作り出しているもの――そう読むと、私はしっくりきました。
さっきのトマトを思い出してください。
同じトマトでも、心ひとつで「おいしそう」にも「まずそう」にも見えましたよね。
それと同じで、壁も「ある」と思い込んだ瞬間に、目の前へ立ちはだかる。
逆に、その思い込みから自分を解き放てた者だけが、先へ進める。
脳を大切に育てられたエマだからこそ、それができたのかもしれません。

では、なぜエマは解き放て、レイは解き放てなかったのか。
その差を、次でもう少し掘り下げてみます。

“7つ”とは何か?「6方向+時間」で考えてみる

ところで、ずっと引っかかっていませんか。
「七つの壁」の“7”って、結局なんなの?と。

先に正直に言っておくと、作中で「7はこういう意味だ」とハッキリ語られているわけではありません。
ただ、こう考えると一気にスッキリします。

私たちが普段感じている空間は、「前・後ろ」「左・右」「上・下」の6方向。
そこに「時間」を1つ足すと、ちょうど7つになりますよね。
つまり“七つの壁”とは、この6方向+時間という、私たちを縛っている7つの枠そのものを超えた場所――という読み方です。
エマたちが3次元(+時間)に生きているとすれば、ラスボス様はその枠の外側にいる、というイメージですね。

ちなみにファンの間では、この空間の入口は『ドラえもん』のどこでもドアのように、扉だけがポツンと存在しているのでは、とも言われています。
表から開けばラスボス様のいる世界へ、裏から開けば元の世界へ――そんな見立てですね。
さらに、空間そのものが“見る者の意識”とリンクしているのでは、という解釈もあるようです。
…と、いずれにせよ一筋縄ではいきません。
でも「7=6方向+時間の限界を超えた場所」とだけ押さえておけば、もう迷子にはなりませんよ。

レイが弾かれ、エマが進めた理由は「信じる力」だった

ここで、この異空間の“こわさ”がハッキリ出る場面を紹介させてください。
七つの壁へは、エマとレイの2人で足を踏み入れます。
ところが――先へ進めたのは、エマだけでした。
レイは弾かれ、手前で引き返すことになるんです。

なぜ、2人の明暗は分かれたのか。
答えは「信じる力」の差だと、私は見ています。

思い出してください。
ここは「心が現実を作る世界」でした。
レイは聡明であるがゆえに、「本当にラスボス様のもとへ行けるのか?」と、心のどこかで信じ切れなかった。
一方のエマは、「行ける」と一点の曇りもなく信じた。
その差が、そのまま“進める/弾かれる”の差になったわけです。

トマトでも、夢でも、壁でも語ってきた「思い込みが現実を作る」という理屈。
それが、エマとレイという2人の対比で、これ以上ないほどクッキリ証明されるんですね。
ここまで読むと、抽象的だった七つの壁の理屈が、急に“体感”として腑に落ちてくるはずです。

わざと難解にしたのは“考察班よけ”で間違いない。しらんけど

さて、ここまで読んでも「やっぱり難しい…」と感じた方、正常です。
私も初読のときは、頭の上にハテナを10個くらい浮かべていました。

ではなぜ、ここまで難しくしたのか。
私の見立てはこうです。
ネットの考察班に、オチを当てられたくなかったから。
…で間違いない。しらんけど。

これだけ緻密に伏線を張る作品なら、読者は当然“先”を予想してきます。

そこで誰でも思いつくような着地にしてしまえば、「どうせこうなる」と読まれてしまう。
だからこそ、常識的な枠の外――量子力学だのスピリチュアルだのを持ち込んだ、誰も予想できない舞台を用意した。
そう考えると、この難解さは“手抜き”の正反対、むしろ作品の本気の証なんですよね。

映画『インターステラー』を思い出すと腑に落ちる

それでも「やっぱりイメージしづらい」という方へ、ひとつ補助線を引かせてください。
映画『インターステラー』(クリストファー・ノーラン監督)のラストを思い出してみましょう。

主人公が、娘の部屋の本棚の裏側にあたる「テサラクト」という高次元空間に入る、あのシーンです。
そこでは時間が物理的な空間として並んでいて、重力=意思が、次元を超えて過去の娘へとメッセージを伝えていました。

七つの壁は、まさにあれと同じ発想。
時間や空間の壁を超え、意思が現実に作用する高次元の場所。

つまり七つの壁編が難しいのは、あなたの理解力のせいではありません。
有名なSF映画と同じ難解な“仕掛け”を、漫画でやってのけているだけ。

そう思えば、この編は「難しい」から「面白い」へと、評価がひっくり返るはずです。
そして、この常識外れの舞台にたどり着いたからこそ、エマは“とんでもない選択”に手を伸ばすことになります。
インターステラーをまだ見ていない方はぜひ!

「逃げる」でも「戦う」でもない…エマが選んだ”第三の道”

ここまで七つの壁という「場所」の話をしてきましたが、私がこの編で一番しびれたのは、その先でエマが選んだ「道」のほうなんです。
ぶっちゃけ、ここが約ネバという作品の背骨だと私は思っています。
というワケで、この章では仕組みの説明はいったん脇に置いて、「エマの選択が何を意味するのか」に絞って語らせてください。

ミネルヴァが遺した「どちらでもないなら」という言葉の意味

そもそもエマたちには、ミネルヴァから3つの道が示されていました。
1つ目は「逃げる」。
気づかれない少人数で、秘密裏に人間の世界へ渡る道です。
ただしこれは、農園に残る多くの仲間を見捨てることになります。

2つ目は「戦う」。
食用児が全体で蜂起し、鬼と全面戦争に踏み切る道です。
こちらは文字どおり、血で血を洗う展開になります。

そして「もし君の望む未来が、そのどちらでもなかったら」と続くのが、3つ目の言葉でした。
「七つの壁を探せ」。
ほら、ここだけ妙に抽象的だと思いませんか。

逃げるか戦うか、という二択は、少年漫画ではおなじみの分かれ道です。
なのにミネルヴァは、わざわざ「そのどちらでもないなら」と、第三の選択肢の余地を残していった。
私はこの一言にこそ、約ネバが普通の漫画と袂を分かつ仕掛けが埋め込まれていたんだと考えています。

エマがラスボス様と交わした”新しい約束”=これが「第三の道」だった

では、その第三の道の正体は何だったのか。
答えは「約束の作り直し」です。

鬼を皆殺しにするのでもない。
自分たちだけ逃げ切るのでもない。
1000年も続いてきた、この世界そのもののルール——作中で「約束」と呼ばれるもの——を書き換えてしまう。
これが第三の道の中身でした。

そして七つの壁の奥で、エマはついに鬼の頂点・ラスボス様と対面します。
そこでエマが口にしたのは、「食用児全員で、人間の世界へ行きたい」という願いでした。
誰一人殺さず、誰一人見捨てない。
逃げるでも戦うでもない、まさに第三の道そのものの選択だったわけです。

ただし、この願いはタダでは叶いません。
ラスボス様は、ある条件——いわば対価を要求してきます。
エマはその代償を引き受けたうえで、願いを口にするのです。
なんと、その代償が何だったのか、そしてその後どうなったのかは、最終章=結末にあたる話なので、ここでは深追いしません。
気になる方は別記事で確かめてみてください。

「第三の道」があるから、約ネバは単なる脱獄漫画で終わらなかった

さて、ここで私の主張をはっきり述べておきます。
少年漫画の王道といえば、たいてい2パターンです。
強大な敵を倒してスッキリ終わるか、うまく逃げ延びてハッピーエンドか。
読者としても、そのどちらかを無意識に期待してしまいますよね。

ところが約ネバは、そのどちらも選びませんでした。
敵を倒すのでも、逃げ切るのでもなく、世界のルールごと書き換えるという第三の道に踏み込んだのです。
これは、私が知る限りかなり異質な決着のつけ方です。

だからこそ私は、こう言い切れます。
約ネバは、第三の道という選択肢を用意したからこそ、「ただの面白い脱獄漫画」では終わらなかった。
塀から逃げ出す話として始まった物語が、最後には世界のルールそのものへ手を伸ばしていく——。
この射程の広さこそ、私が約ネバを多忙なあなたにこそ薦めたい一番の理由なんです。

ゴールディ・ポンド編~七つの壁編で回収される伏線

ゴールディ・ポンド編から七つの壁編にかけての醍醐味は、なんといっても伏線回収の連打です。
脱獄編やミネルヴァ探訪編でさりげなく置かれていた小さな違和感が、ここに来て一本の線につながっていきます。
ばらまかれていたパズルのピースが、カチッカチッとはまっていく感覚ですね。

ぶっちゃけ、ここで全部つながるのは鳥肌ものでした。
まずは、この2つの編で回収・前進する主な伏線を表にまとめておきます。

伏線(張られた場所)ゴールディ・ポンド編~七つの壁編での回収・前進
出荷されたノーマンの生死(脱獄編)「生きていてウィリアム・ミネルヴァとして動いていた」と判明
謎の支援者ウィリアム・ミネルヴァとフクロウのマーク(脱獄編から)その正体と、手がかりが指し示していた行き先が見えてくる
ムジカがエマに渡したお守り(ミネルヴァ探訪編の終わり)鬼や世界の根幹に関わるものとして意味を持ち始める
大柄な少年アダムが口にする番号「22194」(GP編)試験農園Λ7214とノーマンへつながる手がかりに
ペン・『ウーゴ冒険記』・シェルター(ミネルヴァ探訪編)人間世界への道と「七つの壁」へ一本につながる

一つずつ見ていきましょう。

最大の回収は「ノーマンの生還」

最大の回収は、やはりノーマンの生還です。
脱獄編で出荷され、エマたちには死んだものと思われていたノーマン。
そのノーマンが生きていて、しかも「ウィリアム・ミネルヴァ」として陰から食用児を導いていた、というのがここで明かされます。
読者の多くが「もう会えないかもしれない」と覚悟していたぶん、この再登場の衝撃は格別でした。

そのミネルヴァという名前も、よく出来た仕掛けです。
ミネルヴァといえば「知恵の女神」を思わせる響き。
添えられたフクロウのマークも、知恵の象徴として知られていますね。
脱獄編から散りばめられていたこの送り主の手がかりが、人間世界への道や「七つの壁」の存在をそっと指し示していた——そう考えると、本当によく練られているなと感心します。

「22194」――アダムが握っていた手がかり

そして、アダムの存在。
ゴールディ・ポンドの風車にいた大柄な少年アダムが、ふと「22194」という番号を口にします。
ん?怪しいぞ、と引っかかった方も多いはずです。
これはノーマンの認識番号であり、試験農園Λ7214とノーマンへつながる伏線になっています。
何気ないワンシーンに後の核心が埋め込まれているあたり、見返すと唸らされますね。

ミネルヴァが各地に残した仕掛けも、ここで効いてきます。
食用児に託されたペン、図書室に隠されていた『ウーゴ冒険記』、そして安息の地となったシェルター。
バラバラに見えたこれらの仕掛けが、人間世界への道と「七つの壁」へと一本の道筋でつながっていくのです。

さらに、ムジカが別れ際にエマへ渡したお守り(ペンダント)。
ミネルヴァ探訪編の終わりに何気なく託されたこの品が、七つの壁編に入ると、鬼や世界の根幹に関わるものとして意味を帯び始めます。
「あのとき渡されたアレ、ただのお守りじゃなかったのか」と気づく瞬間は、私もぞくっとしました。

こうして点と点が結ばれていく構成を味わうと、この2つの編が「単なる中盤・後半のつなぎ」などではないと実感できます。
脱獄編からの仕込みが、ここでまとめて報われていくわけですね。

なお、これらの伏線が最終的にどう決着するのか、エマやムジカが最後に何を選ぶのかについては、最終章=結末に深く関わる部分です。
ここで核心まで踏み込むとネタバレになってしまうので、その答え合わせは別記事に譲ることにします。
まずは「ここで全部つながった」という快感を、ぜひあなた自身の目で確かめてみてください。

約ネバ「ゴールディ・ポンド編」「七つの壁編」のまとめ

ここまで、約ネバの「中盤」と「後半」にあたる2つの編を、私なりにじっくり追いかけてきました。
最後に、要点をぎゅっと整理しておきます。

ゴールディ・ポンド編で、エマたちが希望を求めてたどり着いた場所は、鬼が人間を狩って楽しむ「秘密の猟場」でした。
そこで出会ったのが、13年もの間ひとり隠れ続けたルーカスと、彼が支える反撃の組織です。
さらに立ちはだかるレウウィス大公は、ただ強いだけの敵ではありませんでした。
エマがこの強敵にぶつけた「戦わずに済む道はないか」という問いこそ、のちの物語の核になっていきます。

続く七つの壁編は、正直に言えば難解な異空間が舞台です。
ですが、わかりにくいだけの寄り道では決してありません。
鬼の頂点であるラスボス様がいるその場所で、ミネルヴァの正体がノーマンだったと判明する再会は、長く待たされた読者へのご褒美のような場面でした。

そして私が一番語りたかったのが、ここで生まれた「第三の道」です。

  • ゴールディ・ポンド編は、秘密の猟場での命がけの戦いと、ルーカスたち反撃組織の存在が物語を一気に熱くする編です。
  • 七つの壁編は、難解ながら確かな意味を持つ異空間が舞台で、ミネルヴァ=ノーマンとの再会という大きな山場が待っています。
  • 「逃げる」でも「戦う」でもなく、約束そのものを作り直すという第三の道を選んだことが、約ネバを単なる脱獄漫画で終わらせなかったと私は考えています。

脱獄編の鮮烈さに目を奪われがちですが、約ネバの真価は、この中盤から後半をくぐり抜けてようやく見えてきます。
読むか迷っているなら、まずはここまで一気に進んでみてほしい。
きっと「ただ怖いだけの漫画ではなかった」と感じるはずです。

なお、エマたちが選んだ道がどんな結末を迎えるのか、その先の物語は別記事でじっくり扱いますので、そちらも合わせてどうぞ。

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この記事を書いた人

「完結作品の一気読み」が最高の漫画ライフだと確信しています。
「忙しい大人が限られた時間で最高の漫画体験を得る」をモットーに、作者への敬意と読者の満足を両立させる情報をお届けします。

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